歴史さんぽ
こんにちは、でめきんです。
2020年のNHK大河ドラマの主人公で、敵は本能寺にあり!!で有名な明智光秀が、打たれたと言われる明智藪にさんぽ!!
誰もが知るあの織田信長に見出されて重臣に取り立てられ、本能寺の変!!を起こし主君信長を討伐!!
しかしその直後に中国大返しにより戻った羽柴秀吉に山崎の戦いで敗れる。
光秀は落ちていく途中、京都の小栗栖において落ち武者狩りで殺害されたなど、致命傷を受けて自害したともされています。
これは光秀が信長を討って天下人になってからわずか13日後のことであり、その短い治世は3日天下とも言われます。
のどかな川を渡り
しばらく歩くと看板が!!
さらに山に入っていくとまた同じ看板!!
しばらく歩くとまたあの看板!!
まだまだ歩きますよ。
あった!やっと到着しました。ん?また看板が!!
まだ先に行くのか?
完全に山道、すこし今までとは雰囲気とは違う道です。正に藪って感じの道を進むと
ありました!到着!ここが例の事件現場です!!
今回は、なかなか分かりにくい場所でした。笑
世界的な歌姫の勇気ある告白!!
2001年に身体的&精神的ストレスで入院した世界の歌姫マライア・キャリーさん
マライヤキャリーさんと言えば、7オクターブ、の音域を操るそうです。
その歌声は男性並みの低音ボイスに、ホイッスルボイスと呼ばれる高音まで自由自在に操れる表現力で広い音域に限らず、ロングトーンやファルセットなどの使いこなし、まさに天才歌声のおばけですね!!(いい意味で)
2001年に入院して双極性障害と診断されるも、それをすぐに自分自身受け入れることができなかったと本人が語ったそうです。
そのためずっと治療を受けずにいたのだが、ここ数年の間に「今までの人生で最もつらい時期」を経験したため、ついに専門家に助けを求めたそう。
アメリカのピープル誌のインタビューに答えたマライヤキャリーさんは、「現実から目をそらし、孤独の中で生きていた。また誰かに暴露されるんじゃないかという不安にさいなまれていたわ」「でもそんな重荷に耐え続けることができず、専門家に助けを求め、治療を受けることを決意したの。そして周りをポジティブな人で固め、自分の好きな作詞&作曲活動を再開することができるようになった」と後に語られたそうです。
双極性障害とは、躁(そう)状態と鬱(うつ)状態の病相を繰り返すことから、古い呼び名では「躁うつ病」と呼ばれる精神疾患であり。
躁うつは投薬などにより、一度回復しても再発の可能性が非常に高いことで知られてます。
一生涯つきあっていく必要のある病気だと言われています。
自身の症状について、最初は不眠症だと思っていたというマライヤキャリーさんは夜、ベッドに横になっても寝付けず、眠らなくてはと思うことが逆にストレスに。
さらに人々の期待を落胆させたらどうしよう。という恐れから、尋常でないほど仕事にのめり込んでいたという。
鬱の状態についてマライヤキャリーさんは、「まったくエネルギーが湧いてこないの。すごく孤独を感じて悲しくなる。自分のキャリアのために必要なことが全然できていないんじゃないかって罪の意識さえ感じたこともあったわ」と表現したそうです。
現在は、医師の指導のもと、薬を服用し躁鬱をコントロールしているという。
マライヤキャリーさんは後に、「自分にとってポジティブな人だけと関わるようにしているわ。それに、今は、自分が大好きな音楽づくりにカムバックすることができたしね」と説明され、「何事も適度なバランスを見つけることが大切よね」と話されたそうです。
自身の病気を受け入れて、それを糧にさらにはより進化したマライヤキャリーさんの告白は、同じ病に苦しむ方の強い励みになっていると思います。
アメリカ医学会最高受賞を取った悪魔!!
アメリカ医学会最高の賞を取った悪魔ソール・クルーグマンをご存知だろうか?
ソールクルーグマン博士
1911年4月7日、アメリカ・ニューヨーク州ブロンクスでクルーグマンは生まれます。
彼はロシアのユダヤ系子供ででした。
1929年、クルーグマンはオハイオ州立大学で学士号を学び、1934年リッチモンド大学を卒業します。
そのころ世の中は第二次世界大戦真っ只中で、彼は衛生兵として従軍します。
その後にニューヨーク大学で研究を始めます。
主に肝炎などを中心に、研究を追求するようになった彼はその結果A型肝炎とB型肝炎の識別に初めて成功することになるのです。
このころ彼は、ニューヨーク大学の肝炎患者からの血液サンプルを調べている間、B型肝炎を含む加熱血液がワクチンとして使用された場合、ウイルスを死滅させるという大発見するのですが、1950年代の段階で肝炎の病原体であるウイルスの人工培養はまだ不可能であり、治療研究には人体を使う方法しかなと思い彼は非人道的な研究を始めることなります。
1956年、ニューヨーク州スタッテン島にある知的障害施設ウィローブルック州立学校でのこと、ニューヨーク大学のクルーグマン率いる研究チームが、障害児たちに意図的に肝炎ウイルスを感染させるという悪魔の大実験を始めてしまいます。
表面上は肝炎治療を目的としていたが、実は大戦中ということもあり、アメリカ軍人を致命的な病気から守る為というのが本目的であったとされます。
この知的障害施設では、大半の入所者が重度の知的障害者で、入居者の方は1人では排便や普通の生活を行う事も出来ず、施設内の衛生状態は劣悪であったとされています。
しかしクルーグマン率いる研究チームにとっては、この状況は便を介して経口感染する肝炎の研究にとっては好都合であり、知的障害の子供達は彼らにより恰好の餌食とされてしまいます。
そして、クルーグマンは施設内にある隔離病棟に入所して来た3歳から11歳までの障害児を2つのグループに分け、片方には肝炎発症予防薬であるガンマグロブリンを投与し、もう片方には投与しない状態で両グループに肝炎発症患者の便から採取したウイルスを感染させるという人体実験を行います。
その方法としては、A型肝炎を患っている子供たちから糞便を採取し、ミルクシェイクに混ぜ入れて与えるというありえない実験で、とても人道的とは言い難いものでした。
実験当初、対象は入居者の一部でしたが、次第に施設が収容過多となっていくと、1964年から知的障害のある子供の家族に対し、実験に同意する事が入所の条件にされていきます。
普通ならこんな訳の分からない実験に我が子を差し出すなど考えられませんが、大戦後の混乱の中でもあり、重度の知的障害の我が子の面倒を見切れない親にとって施設に預ける以外の選択肢はなく、入所者は増える一方であったとされています。
そんな非人道的な実験の結果、ガンマグロブリンが肝炎予防に効果的である!!という事を証明したクルーグマンの研究は成功を収めることになるのです。
しかし、その成功の影には、被験者の知的障害の子供達の約800人が肝炎を患って死亡してしまうという恐ろしい事件がおきているのです。
実は当初、クルーグマンは施設の衛生状態を改善するという目的もあったそうですが、衛生面の改善よりも研究を優先してしまい、これほどの犠牲者を生む結果となったそうです。
1972年、元施設の研究者の発言により実験の全貌が告発され、ニューヨークのテレビ局の調査員がウィローブルック島の調査を行います。
調査により施設の実情が明るみになると、世間から多くのバッシングを浴び、研究はやっと中止に終わります。
さらに、職員による身体的及び性的虐待が行われていた事も判明します。
その後に施設が完全に閉鎖され、施設にいた子供たちは肝炎に感染しているとされ 、他の施設への転入を拒否され、多くの子供たちがそのまま死んでしまったそうです、しかしのちの研究により、その大半の子供達は実は肝炎には感染していなかったともされています。
そんな中、同年にはクルーグマンはアメリカ小児科学会会長に就任します。
1983年、クルーグマンはアメリカ医学会において最高の賞とされるラスカー賞を受賞もしています。
このラスカー賞というのは、医学の研究において優れた功績があった人物に与えられる賞であるそうで、アメリカ医学界最高の賞と位置づけされるそうです。
その後にソールクルーグマン博士は1995年10月26日、死去。
享年84歳だったそうです。
クルーグマン博士ら研究チームにより行われた悪魔の人体実験は、これまでアメリカの子供たちに実行された最も非論理的な医学実験!!
とされています。
その犠牲者の子供達の数800人以上 です。
彼らが重度の知的障害者という事を利用し、肝炎研究の為に800人以上の子供達が犠牲になったこの実験 、到底まともな実験などではなく非人道的ですが、現在の医学の発展に貢献するのは間違いなく、現在肝炎で苦しむ患者が何人も救われたのもまた事実です。
これほど非人道実験を行ったクルーグマンですが、肝炎の研究としては第一人者であり、実験が明るみになった後も彼を称える名声が衰える事はなかっそうです。
現代の医学の進歩の影には、このようなかなしい人体実験が行われていたと思うと、その進歩により現在救われている方がいることは有り難い事ですが、少し複雑な気持ちになります。
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なんでもない日常
みんなさん こんにちは
今日は、通院日でした。
部屋を出て空をみると、雲一つない晴天!!
青っ! 青っ! 青っ!
僕はバスで病院まで通っていますので、ゴールデンウィーク明けで比較的人も少ないようでした。
少ないといい、僕の住んでいる街は観光地ですので、外国人観光客や国内旅行者で年中賑わっております。
街が人で賑わっていることは、活気があり大変いいことなんですが… パニック持ちの自分としては、正直その状況はあまり嬉しくはありませね。
それでも、天気が良く気持ちはいいです。
バスに、乗り込み駅に着くと電車の駅の脇にイカツイ建物が
鉄道警察 なんかカッコいいですね。
変わった作りのコンビニも、観光地の景観を崩さないようとの配慮がうかがえます。
店内も渋いのかと思えば、全然普通でした。
少しでも、外に出ることは気分転換にもなります。
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スナフキンという男の生き方!
Mr.スナフキン
スナフキンはムーミンに出てくるキャラクターで、1969年版と1972年版の二つがありますが、原作はトーベ・ヤンソンさんの同名の小説『ムーミン』シリーズと、彼女と末弟ラルス・ヤンソンさんが共に描いた『ムーミン・コミックス』があります。
スナフキンは旅人であり、ハーモニカを吹き、釣りをし、世界中を旅しています。
身軽に生きて行くことを好むスナフキンの荷物は、リュックサックとギターのみ!!
必要なものが全て入ったこのリュックサックをもって、世界中気の向くままに旅をします。
スナフキンは、人生のいろんな物事を考えるのが好きです。旅人であり人生の哲学者です。
いつもふらっとやって来ては、またどこかへ去って行ってしまう、ムーミン谷の住人の憧れ的存在。特に小さくて臆病な住人の間では、常に注目の的です。
ムーミンとは親友同士らしく、ちびのミイは異父姉であり、スナフキンはミムラ夫人とヨクサルの息子だそうです。
スナフキンは、ムーミン谷 の住人が冬眠に入るころ南へと向かいます。そしてまた、春にムーミン谷へ戻って来ってくるそうです。何よりもムーミンが冬眠することが1番の驚きです!?
一見クールな印象なスナフキンですが、決して人嫌いな訳ではなく、単純に一人旅が好きなのです。
行ったことのない場所を探検しては、釣りで運試しをしたり、月明かりの下を歩きさまよったり、根っからの旅好きと言えるでしょう。
そして、ここでのポイントは釣りは魚を釣るためではなく、食料にするためではなく運試しでするべし!!
そして、月明かりの下を歩き彷徨うのです、けして道に迷っているわけではありません!!
国内ですと当てもなく月明かりの下を歩き彷徨っていると高確率で警察官の方に職務質問されます!!
もちろんスナフキンは、旅人ですので住所不定、無職となります。
少しばかり署の方でお話しすることになるでしょう
スナフキンは濃い緑色の広つばの帽子と、古いコートを着ています。
ただ古いだけではありません、スナフキンのコートと帽子は1着のみです、それで世界中を旅してるのですからかなりしっかりした生地で作られてると予想します。きっとコーデュラ生地を使っているはずです。
コーデュラ生地とは、ナイロンの7倍もの強度を持つ耐久性に優れた繊維で、インビスタ社の登録商標。 高機能の衣服、用具、ワークウェアに使われる「丈夫な素材」。
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そんな素敵なスナフキンの作中の名言を少し
(僕は、あっちで暮らしたり、こっちで暮らしたりさ。今日はちょうどここにいただけで、明日はまたどこかへいくよ。テントでくらすって、いいものだぜ。君たちは、どこかへ行く途中かい?)
風の向くまま気の向くままってやつで、今ある状況が悪くも良くても生きることはみんなそれぞれ人生の旅の途中なんですね。
(人と違った考えを持つことは一向にかまわないさ。でも、その考えを無理やり他の人に押し付けてはいけないなあ。その人にはその人なりの考えがあるからね)
これは言葉の意味どうりだと思います。自分の考えもあるし人には人の考え方、感じ方もあるし、相手を自分の考えの枠に無理やり閉じ込めようとするのは違うという意味だと思います。
(人の目なんか気にしないで、思うとおりに暮らしていればいいのさ)
これは、出る杭は打たれるや、同調圧力といったことがある中で、自分らしくはなかなか難しいことだと思いますがやはり人は人自分は自分が一番ですね。
(そのうちなんて当てにならないな。今がその時さ)
いつやるの?今でしょ?
(何でも自分のものにして持って帰ろうとすると難しいものなんだよ。ぼくは見るだけにしてるんだ。そして立ち去るときにはそれを頭の中へしまっておくのさ。その方が鞄をうんうんいいながら運ぶより、ずっと快適だからね)
この言葉は、スナフキンらしいと思います、人の欲や現代社会でのいらない情報などに対して、何事もあれもこれも欲張らず必要なものだけ自分に取り入れ頭も心もスッキリさせていくことが大切だよ教えられてる気がします。
(いつもやさしく愛想よくなんてやってられないよ。理由はかんたん。時間がないんだ)
一見冷たい感じな言葉に聞こえますが、まずは自分に余裕をつくることで、その中で他人に始めて愛想よく親切にできるものなんだと感じます。
(生きるっていうことは平和な事じゃないんですよ)
生きていれば、いい時悪い時はかならずあります、今幸せな人の幸せは永遠でありませんし、今不幸な人の不幸は永遠には続きません
生きることに平和はありません。
(僕は物心がついたときからたった一人で旅を続けてきた。多分、これからもそうするだろう。それが、僕にとっては自然なことなんだ)
自分にとっての当たり前は、人にとっての当たり前じゃないってことですね。年齢、性別、環境人それぞれです。
(長い旅行に必要なのは大きなカバンじゃなく、口ずさめる一つの歌さ)
旅をするなら歯ブラシ、替えの下着、パスポート、クレジットカードがあると便利です。
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境界性パーソナリティ障害 あれこれ
境界性パーソナリティ障害とは?
症状はだいたい青年の頃や成人初期の頃から多く生じ、30代頃には軽減してくる傾向があるそうです。
危険な自傷行動、自殺、薬物乱用リスクの高い病気とされます。
治療は心理療法をメインとし、薬物治療は薬物乱用に注意し慎重に用いられ、あくまでサブでの位置付けだそうです。
主な症状は、不安定な思考や感情、行動やそれに伴うコミュニケーションの障害であるとされていて、具体的には、衝動的行動、二極思考、対人関係の障害、慢性的な空虚感、自己同一性障害、薬物やアルコール依存、自傷行為や自殺企図などの自己破壊行動が挙げられるそうです。
また激しい怒り、空しさや寂しさ、見捨てられ感や自己否定感など、感情がめまぐるしく変化し、なおかつ混在する感情の調節が困難であり、不安や葛藤を自身の内でうまく消化することが困難な状況になります。
衝動的行為としては、性的放縦、ギャンブルや買い物での多額の浪費、よりひどいものとなれば、アルコールや薬物の乱用があります。
これは直接命にも、関わる危険な行為です。
さらに自己破壊的なものとして、過食嘔吐や不食などの摂食障害もあり、自己破壊行動で最も重いものは自殺ですが、そのほかにもリストカットなどの自傷行為、自殺企図により実際に死に至ることもある。
境界性パーソナリティ障害の人は、常時不安を抱えて生きています。
境界性パーソナリティ障害の方の場合、いついかなる時も不安感にさらされることになる。
この常につきまとう不安感は、他の方からみたら何でもないような理由で発作を起こすことになります。
境界性パーソナリティ障害の人にとって自己破壊的行為は、不安や混乱、葛藤などの不快な感情の解消手段となるそうで。
いわゆる、ストレス解消の一種です。
環境や自分の内で生じたストレスを、行動によって軽減させることを、コーピングというそうです。
散歩をする、友達と食事に行くなどのような健全なコーピングは問題にならないが、不適切なコーピングが恒常的に現れた場合、それ自体に苦しむことになるそうです。
また自己破壊的行為のほとんどは抑うつ状態で起こっていることが近年の研究によりわかっているそうで、パーソナリティの問題が改善するとうつ状態が良くなることがある一方、うつ病の治療をすることで衝動的行動が改善することもあるなど、互いに密接にかかわっている病院だそうです。
うつ状態はほとんどの境界性パーソナリティ障害の人にみられ、抑うつを境界性パーソナリティの中心構造とみる研究者もいるくらいうつと境界性パーソナリティ障害は関わりあっているそうです。
ここでの「抑うつ感」は主に空虚感と無力感が中心にあるようで、なお同じ境界性パーソナリティ障害でも、人によって非常に違って見え、衝動性、精神病症状のどれかが目立つとしています。
気分障害、他のパーソナリティ障害、器質性障害、非定型性精神病などの併存疾患もそれぞれの差となって現れることがあるそうです。
自傷・自殺関連行動
自傷行為の多くは心理的苦しみを軽減するために行われることがありますが、自傷行為が発展し実際に自殺を招くこともあります。
イギリスでは境界性パーソナリティ障害の60-70%が人生のある時点で自殺を試みると推計されているというデータやアメリカの調査では、境界性パーソナリティ障害全体での自殺完遂率は9 - 10%と極めて高いものとなっており、また日本の東京都立松沢病院の調査では、入院していた患者の退院後2年以内の自殺企図率は、うつ病や統合失調症の人が35%なのに対し、境界性パーソナリティ障害では67%と約2倍高いという結果であったと恐ろしいデータもあります。
この、境界性パーソナリティ障害は一般的に、うつやパニック症と違いまだまだ認知されていないのも現状でもあるそうです。